昭和五十年十月十二日                御神訓「一、縁談に相性を改め見合わすより、信の心を見合わせよ」



信の心を見合わせよ、例えば火の性と水の性の人があると致しましょうか、火が例えば燃え盛っておりましても、水がそれを消してしまうような事ではやはり、火の性と水の性とではいけないと言う事になります、けれども信の心を見合わせとこう仰いますから、所謂信の信心、此処では真の信心のまことを、信心の信の字を以てまことと書いてありますね、信の心を見合わすと、そこでお取り次ぎを頂いてまことの火と水の相仲に、お取り次ぎを頂く事になりますと、そこに羽釜なら羽釜、鍋なら鍋が、そこの中に水が入っとれば熱いお湯になるでしょうし、お米が入って水が入って、お米がといであってそれが羽釜の中にはいって、しとれば御飯になりましょうし言うならままになると言う事です。
例えそこに火の性水の性と言う事はあるかないかわかりません、それは知りませんけれども例えそう言う風に御取り次ぎを頂いて、お願いさせて頂く事によってそれがかえって火の性であり水の性である事がです、熱いお湯になったり御飯になったりするのですから、かえって有難い結果になるのです。
私はですね金光様の信心の素晴らしい事はですね、そう言う例えばならん事がなるように成就しない、とても、それこそ枯れ木に花といわれるように、事がです花が咲く程しにおかげが受けられる、昨日日田の伊東さんがお出でられて、御理解を聞いておられたそこえ丁度佐多さんとこの長女の典子さんが学友二人をお導きをして、お参りをして私ども三人に親先生のお話を頂かして呉れと言うからな訳なんです、それで私は丁度福岡からお参りをしてきとりました、上原愛子さんでしたか、上原さんと言うて女ながらも魚市場の社長さんをしておる程の、まあやり手です、或る教会にお参りしておりましたけど、或る問題でお参りしなくなりまして、合楽にお参りしてくるのです。
その方が東京え出張さして頂いてあちらで病気になって、もう帰ってこられん程しの病気になったんです、帰ってこられんどころじゃないもうむつかしかごとなった、それでその方の姪に当たる方が此処を尋ね求めてきて、とにかく合楽の先生にお取り次ぎを頂いて呉と通知がありましたので、お願いに来て無事健康のおかげを頂いて帰ってきて、おかげを頂いたその話しを、その方が参ってきとるからその方、実証しなければ中々、初めての人は分かりませんからね、その方の話しをさせて頂いて同時に又伊東さんがそこで、御理解を頂いておられましたから、伊東さんところのこの頃からのおかげ話をさせて貰うた、 もう出来ないそれこそ枯れ木に花が咲くようなおかげを頂かせて頂くためには、それこそ臼を割られても又は犬を殺されても、不平を言うな文句を言うなと、それこそ可愛い子供が今度の論文に失敗したら私は生きて故郷には帰られんと、言う程の深刻な手紙を寄越しておるのですからこれは親たる者、本気で改まり本気でお縋りしなければいけない、本当に今度の論文が通過するとするなら、これは枯れ木に花の咲くようなおかげだが、そのおかげを頂かねばならんそれを頂いて帰って、信心の事父親であるおじいさんにその話しをさせて頂いた、おじいさんはその事に対しては返事もされなかったけれども、もうその日を境におかげを頂いた話しを致しました。
親がそのような一生懸命でいわば改まらせて頂くようになったら、子供が枯れ木に花の咲くようなおかげを身体の上にもそれから、論文の提出、それが通過と言う上にもおかげになった話しをさせて頂きました、そこに本人をおいての話しですからそれこそ目を輝かしておかげをお話を頂きましたです、ね、全然信心の気のないこんど大学を三人とも大学に進学するわけですけれども、そう言う話しをさせて頂いとりましたら、その御理解を頂かれました伊東さんが途中で止めてからその三人の中に割り込んできて、先生もう一つお礼申しあげなん事がありますと言うて、まあこの人達にも分かって貰いたいと言う事でございましたでしょうね。
自分方の話しをしよんなさるから、先生私の方の主人はあのような気短かな人がね、どうしてこんなに気永う、穏やかになれるだろうかと言う位におかげを頂きましたら、息子があんなそれこそ枯れ木に花のさくような、おかげを頂きましたら自分自身がねおかげを頂いて、それは本当に勿体ない事ですけれども、この事は一寸お届けをし忘れとったからと言うて、この三人の若い方に聞かせたいつもりのお届にきたんだろうと思います。
それがもう永年所謂、夜ねむれないと言うか所謂不眠症です、それがこの頃からあれ以来ですね、それこそ枕を外す様にして休むともうぐっすり寝むと言うのです。
そう言う洪大なおかげが頂けておりますと言う様に申しとりましたがね。改まると言う事が言うなら次々と枯れ木に花の咲くような、おかげを呼ぶわけです。
まあ今日の本題に入りますが昨日親子三人で、或る教会の信徒会長をしとられます、参って見えられた、息子の結婚のお届けでございます、次々候補になる方があります、まあ御神意を頂いて良いと言うのは、出来なかったりいろいろもたついている訳です、昨日は息子さんと、して、親先生に僕は特別に親先生にお届けせんならん事があるからと言うて、両親を向こうの方にやってから、そして私にお届けをされるのです。
と言うのは好きな人があるのです、ところが合楽の親先生にお届けして貰ったらそれはいけないと言ったからと言うて、言わば賛成してくれません、だから此処で先生あなたがね 良い縁談で良い相性と言うて頂きや、両親が許してくれます、と言う訳なんです。そげん言えば早ようお届けがあったんです、けれどもどうも病弱だとそしたら結婚して家内に寝込まれたりしたら、やっぱりいけないからよい悪いじゃなかったけれども、相手が病弱だと言う御理解を頂いとったから、もうお父さんもお母さんも折角貰う嫁がそげん病弱であっては、いけんからもう真っ向から反対したんです。
それで本人は悲観をしておる、次々と見合いをするけれども一向気に入らない、又は気に入ったのは出来ないといった様なことで、まあしておったのか昨日、本人が此の頃から何回か参って見えます、と言うて私が人間心使ってから、此の頃いかんと言うとってから、こんど良くなったと言うたっちゃいくめえもんて私が、だからね例えば良くならん病気でもお願いをすればおかげを頂く、例えばこれがねまあトランプ占いとか、まあ易か何かの方でです、なら相性が悪うていけんと言うのじゃないて、あんたんところの場合は只御神意を頂いて、相手が病弱だと言うのだ、そこで私は、私の話しをさして貰った。
私が家内を貰う時に家内は大変弱い身体でした、身体があんなに小さくもありますがもう夏でもサラシ一反、こう腹にまいとかねばでけないもう、絶対足袋は夏冬、通してはいとかねばならない、言うなら選びによってそんな病身な言うなら家内をもらわんでも、まちよっと体格も良かりゃ、健康でもあると言うのを貰ったが良いと誰でも思いますけれども、私はその時に小倉の桂先生の事を思いました。
桂先生の奥様が所謂初代の連れ合いです、もう病み袋と言われる程しの方だった体全身に病気を持っておられた、それを二代金光様、四神様のお声がかりで貰う事になられた、ところが桂先生と御結婚になられる、ところが健康になられて九十二才まで長生きのおかげを頂かれた。
私の場合もですそう言う弱い家内でしたけれども、第一腹巻が要らんようになり、足袋がいらんようになり履かんですむようになり、おかげで私と結婚しましてこの方まだ医者にかかったと言う事がないです、一回胃痙攣を北京時代起こしてこの方それっきりです、
皆さんも御承知の通り、もう私の方あたりはまあ嫁達が、又若い女の修行生の人達がもういつも具合が悪いと言って寝込みますけど、もう私共の家内はまあだやすんだ事がないです、結婚しまして何十年間それは例えば今日の御理解から言うとです、信の心が見合わせられたからだと思います、信と言うのは真の信心と言わなければ、真の心は得られません そこが私が彼に申しました、彼女を連れてきなさいて、そして彼女に私がお話をさせて頂こうと言ったら。
ところがそれがもうね、私とあんたは一緒になれない運命の下にあるのだから、お互いが悲しいけど別れようと言うて、別れとるのですから今私がこの持ち出して、彼女にその事を話したらまた古い傷を思い出させるようなもので、可愛想な、結婚出来るとはっきりしとれば、そうもしましょうけれども、でないのにです、連れて来るのは言わばようやく、あきらめかけとるのに可愛そうなから、それは出来ませんから私が信心にならせてもらう これは御両親の願いと言うものはやはり、教会の信徒会長でもしておられる程ですから子供さんにはいろいろ、信心の願い、信心の継承を願っておられる。
僕は信心は出来んとこう言うておられる、それを合楽にお参りするようになってから、まあいろいろ少しは信心に心が向いておられますけど、此処で例えば信心を継承する真の信心をさせて貰う、と言う事にあなたがなるならば必ず家内はあなたについてくる。
問題はだから神様にです本当に親の信心を継承する、まことの信心にならせて頂く、その約束が出来るならね例えばその問題は、いけないのでもいけれるようにひっくり反って来るような、おかげになって来るだろう、それはあんたが決心ができるか、出来ないかと言う事だと、言わせて頂いた事でした、まあおかげで出来るだろうと思います、と言うのは私がお届けをしとるとき森と言う字を頂いたんです。
だから昨日私が  とを頂いたと言うたら、それだけで信心をする決心をね、またにぶったらいけないから、まあ帰ってからいろいろ考えたでしょう。親が言うてくれる本気でさして頂きゃ許されるかしれんと、合楽の先生は言うたから本当で信心の真の信心をさして貰い、自分が真の信心にならして貰えば、家内は必ず付いてくる。それはどんなに病弱であっても信心による事になれば、それは私がお話をしました、合楽教会の奥さんの様に、健康のおかげを頂けば問題はそう言うおかげが頂けるとするならば、そう言うおかげの頂ける僕が本気で信心するならば、好きな人と一緒になれるから一つここは思案のしどころ、決心の決めどころだと例えば彼が思うて帰って、そして今度出て来る時に僕は本気で親の信心の継承さして貰うと言う、お届けになった時にお許しを頂けるもんだと私は思うんです。
言うなら火の性と水の性との様に合わないものかも知れませんが、中々そこにお取り次ぎと言う羽釜にお米が入って水が入って、そしてその熱をかけるならばこれがままにならん筈はないと思います、私は信心の心と言うものが出る限りです、それがおかげになると同時に真の心で見合わせると言う事は、私の例であり又は昨日おとどけに来ました、彼の場合でもです、真の心がでるならばですその真の心は必ず、神にも通じる、家内にも通じない筈がない、そこにね寿のおかげままになると言うおかげになるんだと言うおかげになるんだと言う風に思います。
そこでです、ここでどうでもと、親先生はいけんと言われるけど、どうでもと言うならばです、親の言う事ならどけな事でも聞きますからと、言う一条を入れるならばです、どんな頑固な親でもこれには私は聞かん訳には行くまいと思うですね、例えば御神縁がよくないのに結婚して、いろいろと失敗をしております例えはいくらでもありますから、ところがそれはねその時に無理をしてお願いをして、後の信心をおろそかにしてしもうとるから、結局御神意どうりに結果はしかも十年も十五年も経ってからそう言う事になると、例えはいくつもあるのです。
此処では福岡の松岡さんの場合なんかそうですよね、長男の結婚、これなんか絶対いかんばいと私は言うとった、ところが本人達がどうでもこうでもと言うから、なら信心に依っておかげを頂けと言う事であったから、本人自身が信心せん、そりやまあ良かかに見えたんです、子供は二人もできたんですからところが結局いけなかった、結局子供を連れてから今大阪の方か何かに家内がいっとりますけれど毎月何万と言う金を送らんならん、しかも一生送らんならん、こげな困ったことに困難な事になりかねない、ですから御神意を頂いていけないと言うのはいけないのだけれども、けれどもね、それでもどうでもと言うならば、此処に言われるけれどもまことの信心を致しますから、一心が入れば許されると思うです。
そしてそんな病み袋と言うような、体が弱いと言う事であってもです、私の家内が何十年間医者の薬一つ飲まんでおかげ頂いとります、今日でも体はこまいけれども強いです、もうこりゃあこうしてお話しながら私も本当に改めて感動するのです、本なことなあ何十年間まあ本当に、そりゃ時には腹がいたかったり、風邪ひいた事もありましたがね辛抱強いから辛抱しぬくです、そしてならおおきな病気一つせずにね、それこそ子供七人も生み上げておかげ頂いとるです。
ねだから真の信心が出来たと言う訳じゃなかろうけれども、真の信心を目指して真の信心が彼女に通い親に通いするようなおかげを頂いたときに初めてです、心と真の心と見合わせた事になるのじやないでしょうか、そこにままにならん筈のものがままになる。
それこそ火の性と水の性とで燃える、水をかけると消えてしまうような運命の下にある人でもお取り次ぎのおかげによって、水ならば熱いお湯になるでしょう、お米ならそれが所謂ままになるでしょう、そこのところに私は金光様の御信心の一つの自由無得と言うような、 しぼられない真の信心さえ目指せば成らんこともなる、枯れ木に花の咲くようなおかげになると、言う事になると思います。
これは縁談だけじゃありません、結婚だけの事じゃありません、真の心と言うものを自分の心からです、信心の信の字をここで信と言うのでありません、いわゆる真の信心を目指して貰って、それになってしまわねばおかげ下さらんと、言うのではなくてそれを目指してもらう、本気で信心の稽古をさして貰うと言う姿勢を見せるならばです、どんな頑固な親であっても、お父さんが言う事はどげな事でも聞くけんこれだけは聞いて呉と言うならばです、親でも聞かん筈はないように、天地の親神様もです真の信心をもって縋るならばです、出来ん筈のものでも出来るおかげ、不健康なものでも健康のおかげに切り替えてしもうて下さる程しのおかげが頂けると言う事でこざいます。 どうぞ。